2011年 03月 18日
気仙沼
|
東北地方太平洋沖地震の発生から、今日で1週間。
あのときを境に、世の中がいっぺんに変わってしまい、
不安な日々が続いています。
一変した日常、朝家を出て仕事に励み、
夜家にたどり着き家族みんなが無事であることを確認できたとき、
「一日無事で、よかった。」という思いになります。
不安の中ですが、”シェルター(=住まい・家族)”があることの”幸せ”を、
かみしめています。
震災に遭われた方々が、震災前のように少しでも“幸せ”をかみしめることが
できる時間が一日でも早く訪れることを、心からお祈り申し上げます。
ところで、震災当夜、テレビ映像で流れた気仙沼の大火災。
・・・ショックでした。
私が建築の仕事をしたいともがいていたときに、
1冊の本に出会い、足を運んだ地です。
建築家・石山修武氏の気仙沼でのまちづくりの物語。
世界一の港町をつくろう!という
まちぐるみの活動について著書を通じて知り
著書の冒頭に書いてあったルート(一関から
大船渡線に乗って、気仙沼へ)で、1日旅をしました。
「気仙沼人」(←著書より)との対話の中で、
気仙沼の港にマグロの貯金箱を作り
市民から募金を募って「海の道」をつくろうというアクション。
(・・・実物を見てきました。)
また、石山氏設計の「リアスアーク美術館」にもその日立ち寄りました。
館内の一角に昔の生活用具、漁業の工具等、気仙沼や近隣の町から集めたものがいっぱい展示されていた覚えがあります。
著書の中の一文。
「村をおこす、町を元気づかせるのに必要なのは、本当は道路や、観光施設や、美術館をつくったりすることじゃない。本当はみんなの気持ちを寄せ合うことなんだ。そしてみんなの気持ちの中に一つの町の姿を立てることなんだ。」
(今は、一刻も早い復旧のため、道路の整備が必須ですが、)
みんなの気持ちがひとつになって
この事態を乗り越えて町の復興を目指す勇気が必要ではないか、
と感じています。
河野 弥生
あのときを境に、世の中がいっぺんに変わってしまい、
不安な日々が続いています。
一変した日常、朝家を出て仕事に励み、
夜家にたどり着き家族みんなが無事であることを確認できたとき、
「一日無事で、よかった。」という思いになります。
不安の中ですが、”シェルター(=住まい・家族)”があることの”幸せ”を、
かみしめています。
震災に遭われた方々が、震災前のように少しでも“幸せ”をかみしめることが
できる時間が一日でも早く訪れることを、心からお祈り申し上げます。
ところで、震災当夜、テレビ映像で流れた気仙沼の大火災。
・・・ショックでした。
私が建築の仕事をしたいともがいていたときに、
1冊の本に出会い、足を運んだ地です。
建築家・石山修武氏の気仙沼でのまちづくりの物語。
世界一の港町をつくろう!という
まちぐるみの活動について著書を通じて知り
著書の冒頭に書いてあったルート(一関から
大船渡線に乗って、気仙沼へ)で、1日旅をしました。
「気仙沼人」(←著書より)との対話の中で、
気仙沼の港にマグロの貯金箱を作り
市民から募金を募って「海の道」をつくろうというアクション。
(・・・実物を見てきました。)
また、石山氏設計の「リアスアーク美術館」にもその日立ち寄りました。
館内の一角に昔の生活用具、漁業の工具等、気仙沼や近隣の町から集めたものがいっぱい展示されていた覚えがあります。
著書の中の一文。
「村をおこす、町を元気づかせるのに必要なのは、本当は道路や、観光施設や、美術館をつくったりすることじゃない。本当はみんなの気持ちを寄せ合うことなんだ。そしてみんなの気持ちの中に一つの町の姿を立てることなんだ。」
(今は、一刻も早い復旧のため、道路の整備が必須ですが、)
みんなの気持ちがひとつになって
この事態を乗り越えて町の復興を目指す勇気が必要ではないか、
と感じています。
河野 弥生
by housingpro
| 2011-03-18 14:38
<< いま思うこと | これから >> |